3/4スナックで出会った台湾人ホステスとの生で中だしセックスしたエッチ体験談 長編

1/4スナックで出会った台湾人ホステスとの生で中だしセックスしたエッチ体験談 全4話1話目

明美の帰国の日、俺は仕事に気合が入らなかった。何ともいえぬ寂しさが
俺を包んでいた。空港に飛んで行きたい気持ちに何度もさせられた。
飛行機の離陸の時間、俺はペンを置いて目をつぶり、自分の人生の
一ページが過ぎ去ったとでもいうのか、悲しい感慨にふけった。
明美が帰国してからは、気が抜けたような生活になった。
やはり、彼女が日本にいないと思うと寂しかった。不思議なものだ。
こんなにいろいろ思うなら、苦しいのなら、いっそ台湾に行ってみようかと思ったりした。
今度の勤務は台湾がいいかななど、思ったりもした。


その頃、俺は排尿時に違和感を感じるようになった。
何となく小便の通じが悪い。おまけに、何となく尿道がむず痒い。
おかしいおかしいと思っているうちに、尿道口から膿が出てくるようになった。
これはひょっとしてひょっとすると、俺は少々青くなった。
ともあれ、早く病院に行かねばならない。俺は今まで無断欠勤は一度もなかったのだが、
今回は仕方ない。初めて有給休暇を取って、病院に行った。
なんと俺はそこで、近所のおばさんに会ってしまった。
自宅から、駅で7つ離れた病院だったのだが・・・・
「まあ、H君、いったいどうしたの、お母さんはあなたが病気だなんて言ってなかったわよ」
親しげに話しかけてくる。俺は、泌尿器科に呼ばれるので気が気ではなく、
何とかごにょごにょ言って誤魔化した。
ついに呼ばれた。入ると、初老の医師であった。
「どうしました?」と聞かれ、症状を話した。
「遊びは?」と聞かれ、「はい・・・・」と答えざるを得ない。
「脱いで」と言われ、下半身裸になる。
非常に情けない思いだった。ベッドに横にさせられ、いきなり俺自身を握られた。
柔らかい手だった。思わず感じてしまった自分が、ますます情けなかった。
何度かしごかれ、尿道から出た膿をガラスになすりつけられる。
パンツとズボンを履くことを許してもらい、俺は質問した。
「あの・・・何なのでしょうか・・・・」
「検査をしなければ、わかりませんよ。」つっけんどんな言い方だった。
俺にはなぜか心に負い目があり、その場をすごすごと退出し、薬をもらった。
三日後、再び有給をもらって行ってみると、検査の結果淋病だということだった。
薬を飲み続ければ治るらしい。心配していた梅毒ではなかった。
淋病は、淋しい病気である。昔の人は、うまい字を当てたものだ。
誰にも相談できず、明美に病気をうつされた口惜しさと切なさとで、俺は複雑な気持ちだった。
誰にも相談できないのだが、Tに行って陽子には話しておこうと思い、出かけた。
陽子は親切に俺の話を聞いてくれた。俺はそのことに又しても感動したのだが、
これまた甘かったことが後で分かる。
「誰か他の子と遊ばなかった? 他に身に覚えないの?」などなど。
俺は明美以外考えられないことも伝えた。
陽子は、「そう、ごめんなさいね」
俺は、「まあ、いいんだよ」と不問にするつもりでいた。
ところが、後で陽子はマスターにそのことを話し、マスターは
オーナーにそれを話し、連絡は台湾にまで行ってしまい、
ごたごたが起こったことを俺は後で知る。その時は、そんなこと思いもしなかった。
どんなごたごただったか、俺も知るよしがなかった、が、
結構大きくなったであろうことは、明美がTに戻ってこられなかったことで分かる。
俺はそんなこと露知らず、明美以外を買う気も起こらず、
再び性欲を我慢する生活に戻った。
幸いにして淋病は程なく快癒した。
しかし、これには後日談がある。
俺が結婚して一年後、長女が生まれ
一見順調な生活をしているとき、突然俺の体が変化した。
どんどん痩せていったのだ。食欲は前と同じにあるのだが、
腕時計がどんどん緩くなって行った。
突然痩せ始める、他に体調は悪くない・・・
エイズの危険が頭をよぎった。
今では、エイズも気を付けていれば何年も生きられる慢性疾病であるが、
その当時はまさしく死の病だった。
同性愛者にしかうつらないと言われていた時代から、異性間接触によって
うつる人数が増え始めた時期で、いろいろな雑誌などで特集が組まれていたので、
俺も何となく知識はあった。
俺は外国では大丈夫だった。しっかりゴムをしていたし、危ないところには
近づかなかったから。
いちばん危ないのが、明美との交わりだった。ゴム無しをサービスだと思っていた
俺の浅はかさ。後でどれだけ悔やんだことか。
俺はいろいろ調べてみたが、危ないという確率がが高まりこそすれ、
安心できる情報には当たらなかった。
感染後軽い熱発があるというが、俺にも原因不明の熱発があった。
結婚後、俺は妻としか交わらなかった。
妻は俺を信頼してくれていた。また、長女も生後半年の可愛い盛りだった。
俺が痩せる原因が、ガンであってくれたらと心底思った。
エイズだったら、妻と子供にうつしている可能性がある。
ガンなら、自分一人が死ねばよい、が、エイズは愛する者を道連れにする。
俺は検査をすることにした。病院では、手間がかかりすぎる。
俺の会社の近くに保健所があったが、そこで検査してくれるということを知った。
俺は、仕事の合間を見て、検査に行った。
結果は十日後に分かるという。この十日間は、俺にとって地獄の日々だった。
どう地獄だったか。
眠りについた長女を、妻が愛おしげになでている。可愛い。妻も、長女も。
ブスだが、よくできた妻、たとえ不細工でも涙が出るほど可愛い長女。
この二人に、俺はエイズをうつしてしまっているかもしれないのだ。
いろいろな可能性を考え、悶々とした。仕事は普通の顔でこなしたが、
内心は嵐のように揺れていた。
俺は慎重177センチ、体重73キロだったが、56キロまで落ちた。
ズボンが緩くなりすぎで、はけなくなった。腕時計も、穴を三つずらした。
明らかにおかしかった。
俺は決めた。もし、エイズだったら妻に告白し、妻の判断する通りにする。
もしも、妻と子供にエイズがうつっていたら、俺は自らの命を絶つ。
俺は八千万の生命保険に入っているし、長女は学資保険がある。
俺は古武道をしているので、家には居合用の真剣がある。
ある晩、俺は刀を抜いて刀身に布を巻き、自分の腹の臍下9センチのところに
切っ先をあてがい、スッと軽く引いてみた。
浅く皮膚が切れ、うっすらと血がにじみ出てきた。
「よし、これだ」と俺は思い、後は自分の頚動脈の位置を確認した。
今から思っても、異様な精神状態だったと思う。
要は、それほど追いつめられていたということだ。
ゴム無しで、娼婦を買っただけのことで。
保健所に検査結果を聞きに行った。
時間が決められていたので、待合室には何人も結果を聞きに来ている人がいた。
若い男女。真面目そうな女の子、中年の男性。
男性のカップルもいた。ホモセクシュアルだろう。
普通の男性に見えたが、その清潔感、きちんとした身だしなみはたいしたものだった。
外国でも、上流のホモカップルと知り合いになったが、保健所の二人と同じ雰囲気を漂わせていた。
俺の名前が呼ばれた。
部屋に入り、医者から結果を聞く。「陰性です」
やった、と天にも昇る思いだった。助かった。
が、俺の次に呼ばれた女性はなかなか出てこなかった。
中で、「エーっ」と声がして、シクシク泣く声がかすかに聞こえた。
おそらく陽性だったのだろう。エイズだ。
俺は、彼女に申し訳ないような気持ちで保健所を後にした。
以上が後日談。
病気のことだが、エイズでないとわかったら後はどうでもよくなってしまった。
人間死ぬときは死ぬ。
痩せる原因に不安が無くもなかったが、エイズかと思っていたときの
恐怖に比べれば、物の数ではなかった。
実際、俺は痩せ続けた。54キロまで落ち、頬はげっそりこけてきた。
その時の写真があるが、我ながら信じがたいほどの痩せ方だった。
が、痩せきった後、また肉がつき始めた。
67キロまで戻り、以後現在までこの体重が維持されている。
痩せた原因が何だったか、未だによく分からない。
後のことだが、一度、海外勤務の時胃潰瘍で入院したことがある。
過度のストレスが原因だった。胃カメラを飲み、胃の内部を点検する
医者と、俺は話をした。(胃カメラを飲みながら話ができるかどうか、記憶が
定かでないが、俺にはそんなイメージがある)
胃の荒れて出血した部分の画面を見ながら、医者が説明する。
そこには、過去に胃潰瘍になって治った跡がくっきりと残っていた。
境界線が白い線になっている。
「今回もひどいですが、旧い胃潰瘍はもっとひどかったようですね。苦しくなかったのですか?」
「いえ、全然。胃潰瘍があったことすら気付きませんでした。」
「そうですか・・・・まあ、治っているのですから旧いほうはよしとしましょう」
もしかしたら、旧い胃潰瘍が身体が痩せた事の原因だったかも知れない。
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